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喪主になってわかったこと ① [生活]

のんびり過ごしていた夏休みも半ばを過ぎた頃、

母が膝を怪我して入院、そして一週間後、亡くなりました。

予期せぬ出来事でした。

怪我で片足をギブスで固定していた為、血栓ができ

肺に詰まったのかもしれないと考えられるものの

はっきりしていません。

怪我と言っても損傷したのは膝のお皿だけ、

これがエコノミック症候群だろうか・・・ 

急なことで未だに信じられないけれど、経験したことを書き留めておきたいと思いました。

 

その日、病院には妹に行ってもらい、私はプールにいったりしていました。 

母は病院で急に倒れ、心臓マッサージを長くして下さったものの夕方、中止しました。

危篤になってから、私たち姉妹とその家族が集まり、

時々医師が説明に来てくれていました。

当日、整形外科のICUには、母一人だけで、亡くなった後、

若い看護師さんが、

「お着替えをしましょう。またお気に召していた髪飾りなどありましたらお付けします」

といって下さった。

80歳過ぎの母に、また今どき流行っているとは思えない「髪飾り」が不思議な気がしました。

入院時は、パーティで膝をついて転んだ帰りだったので、お気に入り洋服が置いてあり

お着替えさせて頂き、とてもありがたく思いました。

妹と荷物をまとめ、使わなくなった薬などは、看護婦さんが捨てて下さるとのことでした。

さりげない心遣いを感じました。

原因は、はっきりわかっていないので病理解剖のお話がありましたが、辞めることにしました。

突然の出来事だけれど、すぐに今後の事を考えなければいけません。 

一家で母の養子になる予定で(昔でいう家を継ぐ)同居したものの、

まだ具体的に籍をいれるなどしていず、長女の私が頑張らなくちゃと思い

それから緊張の日々が続いています。 

ICUから病院の霊安室まで運ぶのは葬儀屋さんの役目でした。

その病院では、月替わりで当番の葬儀屋さんがいらっしゃるとのこと。 

有無もいわず最初にお世話になる葬儀屋さんはどんな会社なのだろうか、

不安な気持ちになりました。

ICUからストレッチャーに移動した母は葬儀屋さんの車で、

私達は歩いて病院内の難しい経路をたどって霊安室まで移動しました。 

霊安室は、病院のはずれだったけれど元宿直室なのかもと思われる建物で、

祭壇の続きには畳の部屋があり、みんなで座って相談できる時間もありました。


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